About us
桧垣バレエ団が選ばれる理由
1986年の「ジゼル」全幕公演で産声をあげました桧垣バレエ団は、古典バレエ、ロマンチックバレエの上演と、日本文化を取り入れたオリジナルバレエ創作上演で、地元京都の方々を魅了するだけでなく、国際交流の一端を担っています。
History
桧垣バレエ団の歴史
バレエ団のルーツは1949年京都市東山区で開始した「桧垣バレエ研究所」となります。
創設者の桧垣美世子は、1928年高台寺そば、二寧坂に蒔絵師の娘として生まれ、円山公園南側にあった“仏教児童博物館”で舞踊を習い始めました。戦争体験を経て、終戦後、ダンス教師として、私立京都女子中学校でダンスを指導、その後も京都市立中学校体育教師として1973年まで勤務。
1976年、現在の京田辺市で、「桧垣バレエ学園」と名称を改め、バレエ教育に専念することとなります。
1979年、娘の小西裕紀子とのパリでの研修で古典バレエの真髄に触れ「地元でのバレエ上演を!」と夢が大きく膨らみました。
そして期が熟した1986年、パリ・オペラ座エトワールのシリル・アタナソフを招いての「ジゼル」全幕公演が成功し、今日への道が開かれたのです。
Achievement
桧垣バレエ団の実績
1986年の「ジゼル」全幕公演成功を機に、定期的な公演活動をはじめ、2004年「みつこ-MITSUKO 黒髪の伯爵夫人」で文化庁芸術祭大賞の受賞後、初のヨーロッパ公演、ベルリンへ。
その後もワルシャワ、ウィーン、フィレンツェなど10度の海外公演で、現地の方々の心をつかんできました。
同時に、京都劇場、ロームシアター京都、奈良県文化会館国際ホールなどで、バレエファンを増やすべく「白鳥の湖」、「くるみ割り人形」、「シンデレラ」の古典もの、「はながたみ」「絵姿女房」「椿姫」のオリジナル作品などを上演してきました。
また、清水寺経堂にて10年行ってきたバレエ奉納のご縁で、2023年、桧舞台の語源となったと言われる『清水寺本堂舞台』で「白鳥の湖」をバレエ奉納いたしました。
これまでの功績により、京都市芸術功労賞、令和元年文化庁長官表彰を理事長桧垣美世子が、
京都市新人賞、財団法人松山バレエ団芸術奨励賞を小西裕紀子が受賞しています。
Profile
桧垣バレエ団・学園理事長
桧垣美世子
Miyoko Higaki
1949年桧垣バレエ研究所を設立し、1986年桧垣バレエ団を結成。
1990年社団法人日本バレエ協会関西支部常任監事・評議員に就任、20余年務めた。
2000年12月31日に京都府と、京都市がタッグを組んだ「京都21カウントダウンコンサート」のバレエを制作、佐渡裕指揮のオーケストラと共に、桧垣バレエ団員は舞台上で21世紀を迎えた。
古典バレエの継承と発展に尽くすだけでなく、日本独自のバレエ創作に取り組み、2004年「みつこ―MITSUKO 黒髪の伯爵夫人」は文化庁芸術祭大賞を受賞。海外でも10度の公演を成功させ、国際交流にも努める。
上記の功績により、2012年「京都市芸術功労賞」、2019年「令和元年文化庁長官表彰」を受賞。
後進の育成にも情熱を注ぎ、振付家・舞踊家として内外で活躍する芸術家を輩出。京都のみならず、日本のバレエ界の発展に貢献している。
Message
ご挨拶
「バレリーナである前に、人として皆から愛される人に」に沿って、バレエ芸術の発信、バレエ教育に取り組んでいます。
団員による一人一人を思いやる丁寧な指導によるレッスンを通して、集中力、忍耐力、強い精神力を養い、そして美しい姿勢を身に着けることができます。
正しいバレエへのアプローチは、バレエ技術だけでなく、人を思いやるやさしい心と身体をはぐくむのです。
ロシアスタイル、チェケッティスタイルなどを網羅した、桧垣独自のメソッドで、一つ一つステップアップしていきます。
なんでも即席がよしとされる時代の流れに逆行しますが、「じっくり、ゆっくり」と取り組むことで、心にゆとりができ、日常生活に、人生に響きます。